元気な子どもに育てる―23人の首長の思いと実践

地域交流出版

今こそ教育の地方分権を

教委の権限と責任を明確に

 私は以前、提言・実践首長会に参加する全国の市町村長たちの本音をまとめた「国の常識は地方の非常識」(PHP研究所、2002年7月発行)に、「教育制度の改革を」という小論を寄稿した。

 その中で、「今日の教育行政は、日々発生する深刻な課題に対して高度な知識と専門性が必要である。教育委員会を今のような制度として維持するのであれば、その市町村独自での教育行政施策が実施できるよう、もっと教育委員会の権限と、教育委員一人一人の責任を明確にすべきであろう」と指摘した。さらに、「現在の市町村教育委員会には、教職者の対する最終懲戒権もなければ、校長に対する人事権もない」ことを問題とした。私は、今もこの気持ちに変わりはない。

 現在、文部科学省の中央教育審議会や、政府の教育再生会議、規制改革会議などで、教育委員会の在り方が盛んに議論されている。

 その中で特に気になるのは、高校での未履修問題やいじめ対策等の教育委員会の不手際を巡って、教育再生会議や自民党教育再生特命委員会が、「文科相が教委に是正勧告や是正命令ができるよう国の権限を強化すべきだ」としている点である。

 しかし、前者のような問題が起きるのは、そもそも学歴至上主義の中で高校が(一部有名)大学の予備校化しているからであるし、後者については、教育委員や教育委員会の質の問題である。いずれも、国や文部科学省の権限を強化して解決すべき問題ではない。特に前者については、学歴偏重社会の是正こそ国が取り組むべき喫緊の課題である。

委員を「お飾り」にしないシステムを

 本町では、教育委員の一部公募制を取っている。もちろん、現行法上、教育委員の任免権が首長にある以上、「公選制」は取れないが、人選に当たって広く適任者を募るべく、応募者の中から小論文や面接によって選考している。

 その結果、5人の教育委員のうち教育長を含む3人が女性になり、年代も40代から60代までと幅広くなった。また、年に数回、教育委員と町長とで勉強会も開いている。教育長は「四役」の1人として、庁議や課長会議、人事異動等のほぼすべての行政会議に出席し、発言をしてもらっている。

 要は、教育委員は「お飾り」ではいけないのである。教育を巡る諸問題について、優れた専門知識と解決能力を持った教育委員が、問題解決に手腕を発揮できるような制度と権限が必要なのである。

 そして、今こそ、そのシステムにはどのようなものが考えられるのかを検討すべきである。

市町村に教員の人事権を

 次に、わたしは「国の常識は地方の非常識」の中で、「教職員は県教委の辞令を受けており、元々市町村への帰属意識は低い。しかし、市町村は学校設置者として、学校内で事故や事件があれば法的責任を問われる可能性がある。これでは不公平ではなかろうか」と述べた。

 この教職員の人事権についても、現在、国の機関等で様々な議論が繰り広げられている。政令都市や中核市には人事権を移譲する方向で検討されているようだ。

 しかし、この程度では不十分だ。原則として、すべての市町村に人事権を移譲すべきである。その上で、教職員が一つの市町村のみに属することの弊害や、教職員の偏在、財政上の過重負担等の問題については、別にその解決策を考えればよいのである。

 例えば、郡内の町村や郡域内の市と共同で、広域の教職員採用システムを創る。それでも教職員の偏在が避けられない場合は、それぞれの地域や市町村の判断で、県に採用を委託すればいい。

 つまり、教職員の採用と配慮は、これまでのような「県—市町村」という縦の関係から、「一市町村又は市町村同士」の横の関係に変えるのである。その上で、国や県は財政面で市町村を支援してもらいたい。

 前記自民党教育再生特名委員会では、「義務教育費は国の一部負担。『金は出すが口は出さない』では責任は全うされない」という意見が多いそうだ(平成19年2月17日付朝日新聞)。しかし、国や県は今こそ「金は出すが口は出さない」で欲しいのである。

 子どもの教育は、正に国家的課題であり、また義務でもある。しかし、同時に、その子どもの生活する市町村は学校を設置し、子どもが安全に通学する環境を整えなければならない第一義的使命を負っている。私は、国は教職員の養成や教育内容の最低水準の制定、市町村への財政支援といったナショナルミニマムに徹すべきであり、子どもやその保護者の居住する市町村こそが、第一次的権限とその義務を担うべきであると考える。

子どもの安全を守るべきもの

 最後に、子どもの安全を守るべき者は誰か、ということについて考えてみたい。最初にして最後の責任者が保護者であることについては、誰にも異論はないと思う。問題は、保護者とともに、あるいは保護者の次に、誰が子どもの安全を担うかということである。私は、それは子どもの生存する地域であり、市町村であると思う。

 中教審などでは、安易に「スクールバス」での送迎を話題にしているようであるが、今、地方が必死に取り組んでいるのは地域を上げての子どもの安全を守るための体制作りである。スクールバスですべての子どもを車に閉じ込めて運ぶようなことになれば、その時は文字通り「コミュニティの崩壊」である。中央において色々なことを考えるべき立場の人は、是非、10日ほど地方において体験学習をして欲しい。